Art de Vivre アール・ド・ヴィーヴル

好きな人=成瀬巳喜男・石井輝男・若尾文子・荒木一郎・有元葉子。   好きな事=映画鑑賞・お料理・パンづくり。


※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
シネマヴェーラの特集「イタリア萬歳!」が始まりました。
今回の特集はとても嬉しいライン・ナップです。というのも、ワタクシが映画ファンになったきっかけはイタリア映画であり、高校生の頃ヴィスコンティやフェリーニに夢中になり劇場通いをするようになったもので、幸運にも当時頻繁にヴィスコンティやフェリーニが劇場でかかっていたので、高校時代にヴィスコンティはほぼ全作品、フェリーニもまとまった本数を観ることができました。
お小遣いで買った「ヴィスコンティのスター群像」という本を穴が開くほど読んだものです。
その後ヴィスコンティは何度か劇場で観ましたが、2004年有楽町朝日ホールの大特集で最後に観てから4年経ちましたので、今回の上映でまた観直したいと考えております。
フェリーニの『魂のジュリエッタ』は高校生のワタシにとっては苦痛以外の何物でもありませんでしたが、今観るとどう感じるかな気になりますし、アントニオーニの『赤い砂漠』は昔ビデオで観ただけですので、今回劇場で観られるはとても楽しみです。

今日は夕方から広東語教室でクラスメートだったMちゃんの結婚式に出席するので、パーティ着を着てシネマヴェーラに行ったら、ほぼ満員でした。すごい熱気です。

ヴィスコンティの『若者のすべて』。
この作品、今は亡きACTミニシアターで観たとき、この劇場は靴を脱いで絨毯の上に座って見る方式でしたけれども、鑑賞中にお尻がダニに食われて観ていてキツかった記憶なんかがあります。
最後に観た有楽町朝日ホールでの「ヴィスコンティ映画祭」での上映では、映画と字幕に数分タイムラグが発生してしまい、台詞と字幕がまったく合ってない酷い状態での鑑賞でしたので、問題のない環境で観られるのは本当に久しぶりです。
『若者のすべて』はヴィスコンティの中では自分にとって上位にこない作品だったのですが、改めて観て、これまでちゃんと観てなかったなと痛く反省。
アラン・ドロン一家が悲劇に向かっていく過程、最後の大悲劇が近付くあたりの描き方が圧倒的で見事で、何度も観ているにもかかわらず、心が揺さぶられました。
終盤、ロッコがスクーターに乗って警察に行こうとするチーロを追いかけ、間に合わなかったシーン、アラン・ドロンにカメラがズームするのですが、このズームはいいなと思えました。『熊座の淡き星影』や『夏の嵐』など、ズームが下品でヤだなと思った作品もあるのですが。
最後、アロファ・ロメオの工場前での、末の弟のルーカとチーノのやりとりがこの物語を総括しており、チーノの恋人が訪ねてきて愛を確かめ合うのも含めて、この一家の光明を感じさせてくれて観ていてホッとする感じるのですが、しかしながら幼いルーカの後姿が光明だけでなく暗い未来の可能性も暗示させていて、その按配が何とも素晴しい。

イタリアの団地が見られる作品。白黒の映像に映し出される団地の並びは美しくもの哀しかった。
ところで、イタリアの団地・集合住宅といえば、エットレ・スコーラ監督の『特別な一日』を思い出します。冒頭の建物を映したショットが凄かった。何もかも素晴しい作品でスクリーンでいつか再見したいものです。

次にエルマンノ・オルミ監督の 『ジョバンニ』。
2001年の作品でこれは初見です。
ルネサンス期のイタリアの武将・ジョヴァンニ・デ・メディチのお話。諸侯が何人か出てくるのですが、作品に出てくる歴史的背景がよくわかっていないので(世界史でやったのでしょうけど、ここまで細かいこと覚えた記憶ない)、ストーリーを理解するのに難儀してしまいました。
公式ホームページ人物相関図歴史的背景の解説ページがあるので、こちらをご覧になってから鑑賞すると良いでしょう。
戦争が恐ろしく幻想的に撮られております。室内のシーンはフェルメールのよう。
冒頭、諸侯や作家など主人公の周りの人物が証言者といった感じでカメラ正面に向かってバストショットで登場し、肩書きと名前のテロップが出て、話出すと物語が始まるというのは、ヴィスコンティの『ルートヴィヒ』みたいですね。

映画はルネサンス期を舞台としながらも、現代のハイテク兵器をつかった戦争への批判を意識してつくられたことを観客に強く感じさせます。
公式サイトにオルミ監督の
「現在、兵士は自分が誰を殺しているか知らないのが当然のことになっている。そして、自分が誰に殺されようとしているのかを。いま、戦争というものに英雄は存在しない。いまや兵士たちには、戦場での能力や戦士そして人間としての高貴な美徳を表現するための実質的な状況が与えられていないのだ。我々の戦争は機械とテクノロジーに支配されている。その“進歩”とは、非人間的な殺傷能力の向上を意味している。
以前にも増してひどい状況になりつつあるが、人間の目に映る像は、もはや人間ではない。倒すべき敵には顔も声もない。その相手ははるか遠くにいて、誰も彼のことを知らない。痛みや憐れみを理解する心は、もはや失われてしまった。その結果、人々は単純な感情しか示さなくなった。それゆえ私たちは激しい憎しみにも愛にも無関心になり、他人と距離を保つことばかりに気を取られている。
科学と技術の進歩は、決して人間性やモラル、そして文明を豊かにしたとは限らないのだ。」
という言葉が載っております。
この作品、ジョヴァンニ・デ・メディチと近代兵器の大砲の両方が主人公といった感じでありました。

イタリア映画特集、出来るだけ通うつもりです。

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画
就業後、シネマヴェーラへ。
今の自分の波長が吉田喜重に合わないので、吉田喜重特集には行かないようにしていたのですが、原作の「嵐が丘」に興味があるので、吉田喜重版『嵐が丘』も観たくなり鑑賞。
3月にジャック・リヴェット版『嵐が丘』を観ました
とはいえ、事前にこの作品を観た人から、「観て憂鬱になった」と感想を聞いたので、観に行くのをちょっとためらったのですが、そんなことは、タイトルが出て音楽が流れ始めた途端杞憂となりました。
地響きのような、風の音のような、低音が強調された音楽は、『ブレードランナー』の冒頭タイレル社の遠景が映し出されるシーンに流れる音楽や、『地獄の黙示録』のシンセサイザー音楽を思い起こさせる重厚な響きで、かつ紛れも無く日本風で、「ああ、この音楽を聴けるだけでも、この映画を観にきて良かった」と思った直後に、音楽・武満徹とスタッフ・ロールが出たので、成る程と思ったのでした。
スタッフ・ロールが終わり、本編が始まると、そこには霧につつまれた幻想的な世界が広がっており、その映像美に引き込まれました。
131分間、ワンカットたりとも気を抜いたところはありませんでした。
全編耽美的な幽玄の世界を、荒野でも室内でも完璧な構図で撮り続けたことに感嘆いたしました。
田中裕子が息を引き取ったシーン、帷子越しに田中裕子の顔のアップが映るのですが、帷子の布と布とのわずかな裂け目から、田中裕子の目元だけが直に映し出されるカットなどは、思わずウーンと唸ってしまいました。
田中裕子と名高達郎が扇子越しに話をするカットも、荒野(阿蘇らしい)で女が歩くくカットも、松田優作と古尾谷雅人が決闘するカットも、何もかも異様に凝っていて、そこからゲージツ映画をつくるんだという意気込みが強く伝わってきて、観ていて多少気恥ずかしい感じがしないわけでもないのですが、それでも観ていて目が嬉しいショットの連続で心地良かったです。

田中裕子は鼻筋が通った日本的な地味な顔立ちが生きた能面のようで美しく、能舞台のようなこの作品にはピッタリと思いました。彼女の立ち振る舞いも能みたいでありました。
一方、松田優作は結構イタかった。大声を出すことしか出来ないのでしょうか。
最後、松田優作と古尾谷雅人が一つのショットの中で決闘しているシーンを観て、ちょっと驚きました。この二人が共演しているとは知りませんでした。二人とも大柄で、決闘の構図のバランスがとれておりました。
高部知子は顔が美しくなく、観ていてガッカリしてしまいました。別の女優さんだったらなぁ。田中裕子の二役でも良かったかもしれません。

正直この作品に関して、エミリ・ブロンテの原作を鎌倉時代に移し変えたことの是非とか、脚本がどうのとかは、ワタシにとって興味の範囲外です。
見事な映像と音楽があれば、それで満足。
それにしても武満徹の音楽、素晴しかったなぁ。この音楽のサントラは発売されてないみたいなので、CDが欲しければ、武満徹全集を買うしかないのかしら?まぁ、DVDを買えば音楽も聞けるわけですけど。

ところで、右隣の席の男が頻繁にクククッと笑うのに頭にきたから、上映後いったいどういう人物なのかとジックリ顔を観察してやりましたよ。
いったいこの映画のどこが笑えるんだよ?
深刻な場面でも笑い続ける輩、吉田喜重の映画にも来るんだぁ、と(松田優作出演作だから特別なのかもしれませんけど)。

『嵐が丘』を観て、吉田喜重恐怖症がいくぶん和らいだ気がいたしました。

テーマ:日本映画 - ジャンル:映画
就業後、フィルムセンターの「スターと監督 長谷川一夫と衣笠貞之助」特集へ。
この特集に行くのは今回初めて。
観たのは渡辺邦男監督の『忠臣蔵』。1958年の大映オールスター映画です。

正直に申しますが、ワタクシ、「忠臣蔵」がどんなオハナシなのか全然知りません。
多くの日本人がこのオハナシが大好きで、何度もドラマや映画になるということは知っておりますけど。
ウチの両親は時代劇をまったく観なかったので、家のテレビで「忠臣蔵」が流れることも皆無でしたし、その影響でワタシも時代劇を観ないものですから(映画だとたまに観ますが)、「忠臣蔵」のストーリーを知ることなく今に至ったわけです。
今回フィルムセンターに『忠臣蔵』を観に行ったのは、ひいきの若尾文子が出ているというのもありますが、、「忠臣蔵」なるオハナシがどんなものなのか知っておきたかったからです。
ですから、他の「忠臣蔵」映画と比較してこの作品の出来がどうかということはワタシにはわからないので、あくまで一つの映画として観た感想です。

冒頭、一大事を知らせる書状を持った急使が江戸から赤穂に向かう場面、交代した飛脚がわざとらしくバタっと倒れる演出とか、画面にバーンと「赤穂へ」と文字を出したりするのは、稚拙で工夫がなく、ダサいなぁと。
で、市川雷蔵が出てくるのですが、この雷蔵が何者なのか、何をしゃべっているのか、「忠臣蔵」がわかってないワタシには殆ど理解できなかったのですが、雷蔵が滝沢修から陰湿なイジメを受けているということはわかりましたぞ。
で、雷蔵は滝沢修に斬りかかるのですが、しばらく観ていると、段々と筋がわかってきました。
仇討ちの話ですね。
聞いたことがない単語や人の名前がたまに出てくるので、時々わけがわからなくなりましたが(例えば、「浅野大学」。浅野大学って何?もの?場所?人の名前?てな具合に)、慣れると理解できてくるものですね。
最後まで観たら、「忠臣蔵」の大まかな筋がわかりましたよ。ヤッター。

で、この映画、長谷川一夫や市川雷蔵などの大芝居は見ものですし、浅野内匠頭の妻を演じた山本富士子の美しさや花魁役の木暮実千代のお色気も魅力的ですし、大石内蔵助良雄が近衛某と名前を偽って旅をしていたら近衛某本人と出くわす場面で(「大石東下り」と言うらしい)、長谷川一夫が中村鴈治郎に「近衛の通行手形」を見せるところで、観ていて思わずオオっと声をあげてしまったりしましたし、次から次とと魅力的なエピソードが繰広げられ、なるほど日本人が「忠臣蔵」に惹かれるのもわかるなと納得したりしたのですが、如何せんカメラが終始テキトーで、観ていてしんどかった
時代劇なので、見せ場でカメラが人物に向けてバーンとズーム・アップする手法をとるのは、まぁわかるのですが、特に盛り上がってないシーンでも、次から次とズームの応酬が続くので、ズームの多用が苦手なワタシは段々辛くなってきて、正直辟易いたしました。
それに、終始カメラがガタガタと落ち着きなく動き続け、観ていてかなりイライラ。
カットを割らずに、映したい目標物が変わる度にグラグラとカメラを動かしてるのですが、これも早撮りのためですか?
大掛かりな立派なセットで撮影してるんだから、もうちょっとデンと固定して撮影したらどうなんでしょ?

大好きな若尾文子は大工の娘・お鈴を演じておりました。鶴田浩二に惚れる役で、まだあどけなさが残っていて、可愛らしかったです。

テーマ:日本映画 - ジャンル:映画
更新が止まってしまいました。
相変わらず劇場通いは続けているのですが、突然、夜映画を観て帰宅して、夜中にブログを更新するという生活パターンが肉体的にままならなくなって放置し続けてしまったのですが、体力が回復してきましたので更新を再開して、更新が止まっていた間の映画の感想とかトークショーのこととかも遡って書いていくつもりので、宜しくお願いします。

と書いたので、真面目に更新するようにいたします。

テーマ:日記 - ジャンル:日記
まずはシネマアートンへ。「ショーケンが好きだ!」特集。
蔵原惟繕特集の『雨のアムステルダム』。
久々に相当酷い映画を観ました。
曇りのアムステルダムを撮った俯瞰を多用したカメラは、「兼高かおる世界の旅」みたいでなかなか美しいんですが(カメラ・岡崎宏三)、あまりに脚本が酷い。
要は、ショーケンが金と好きな女(岸恵子)と自由を手に入れるためにホモの金持ち(アラン・キュニー)にオカマを掘られるというオハナシ。
映画のクライマックスは、ショーケンがお城でアラン・キュニーにヤられるシーンで、ショーケンがウっとなっている目の前に岸恵子がいて、その光景に耐えかねた岸恵子がああなって、で、ショーケンがこうなって、と書いているだけこちらの頭が悪くなりそうな展開。
この時流れる音楽はワーグナーのタホンホイザー序曲。悪い冗談としか思えません。
最後、撃たれたショーケンの身体がザーっと凍った川の上を滑っていくのは、良かったですけれどもね。

ラピュタに移動。
本日は白鳥あかねさんのトークショーがあるということもあって、満員打ち止めになっておりました。
神代辰巳監督の『濡れた欲情 特出し21人』を鑑賞。
何だか感動してしまいました。
この作品も神代辰巳&姫田真佐久の組み合わせで、登場人物が歌を口ずさんだり、放浪したりするいつものパターンなわけですけど、神代作品の中でももっとも好きだと思いました。前向きでバイタリティがあって女性たちが魅力的で。
芹明香が良すぎ。片桐夕子も良かった(カラダ、最高)。
最初、芹明香が回転ベッドの上で古川義範にコマされているシーンのワンシーン・ワンショットも最高に面白いし、ストリップ一座が雑魚寝している場面、最初セックスしている一組のカップルが映り、カメラが退いていって次々カップルが映り、他の女に手を出そうとしているヒモが女房に見つかってモメている光景の奥で最初のカップルがセックスをし続けているのが映る長廻しも最高。
絵沢萠子、登場シーンは少ないのですが、赤ん坊を抱きながら夫を追いかけ疾走するカットはロッセリーニか!と思いきや、その直後に絵沢萠子が逞しい身体でストリップしている逞しいシーンにつながり、ヤラれたと思いました。
劇中いっぱい流れる歌のセンスも最高。
そうそう。冒頭、心斎橋で財布を拾ったというシーンは吉祥寺で撮影されてましたね。

そして白鳥あかねさんのトークショー。聞き手は高崎俊夫さん。
白鳥あかねさん

久しぶりに『濡れた欲情 特出し21人』を観たけれど、神代作品のなかで最も好きな作品。
信州・上山田温泉でロケをした。
劇中のセリフ、「ママさんは4・5つ劇場を持って、億の金を貯めた」というのは本当の話。
ロック座のママさんは神代監督のファンで、神代監督のためなら何でもすると言った。『濡れた欲情 特出し21人』はロック座のママさんの企画。
殆どが信州ロケで、スタッフは安宿に泊った。ママさんは上山田温泉に劇場のほか、喫茶店も持っていて、喫茶店の上に大広間があって、そこで毎日朝食を食べたのだが、本物のロック座の踊り子たちが早起きして炊き出しをし給仕をしてくれた。給仕をしてくれたのはママさんの方針だった。
すべて手作りで、生涯忘れられないロケだった。

劇中の雑魚寝のシーンがあったが一座は実際にああいう感じで、赤ん坊を世話するためだけの保育係の男性も一座にいた。
一座は不思議な運命共同体といった感じだった。
それぞれの踊り子のヒモが、その踊り子のキー・ライトを当てる役割となっていた。
運転手もヒモ、モギリもヒモだった。

劇中の外波山文明は本物。自分(白鳥あかねさん)も、塩を持ってくる役で出演した。
姫田カメラマンは布団敷きの役で出た。
フタッフも運命共同体だった。
プロデューサーの三浦朗は、スタッフが飲むお金をどう持ってくるかで苦心していた。
芹明香は踊りを覚えるのが早く、踊りたがり、宴会でチャブ台の上の乗り踊っていた。すると隣の襖の客がその姿を見たがった。そこで、その客に酒を2本持ってきたら、見せてあげると言い、酒を手に入れた。
それを見て、三浦朗は物陰でみんなに満足に酒を飲ませてやれないと泣いていた。
まさに運命共同体だった。
一方、片桐夕子はなかなか踊りがうまくいかなかった。映画ではうまく踊っていたように見えたのは、金髪のカツラをかぶせて姫田カメラマンが、そう見えるように撮ったから。

ロマンポルノをやり出した頃は恐る恐るだったけれど、『濡れた欲情 特出し21人』をやって吹っ切れた。「ポルノの世界で映画人としてやってく」覚悟ができた作品。
踊り子たちに、どうしてこんなにスタッフによくしてくれるのか訊いたところ、いつも人から見下されてるいるけれども、映画のスタッフはそうはしなかった、それが嬉しのだと言われた。それで給仕をしてくれた。
撮影期間は2週間。最後の打ち上げのとき、ロック座のママさんが、舞台にゴザを敷いてお膳を持ってきて宴会をしてくれた。スタッフを大喜びで、踊ってお返しをした。
姫田真佐久は着物を着て、カツラを被って、スッポンポンで踊った。
神代監督は、黒田節を踊った。脱がなかった。
自分も踊った。どんどん脱いでいったけれど、外波山文明が脱がなくていいと止めたので、最後の一枚は脱がなかった。
スタッフが帰京するまえに、撮影所ではその日のことが評判になっていて、スクリプターはストリッパーじゃないよ、と言われた。夫には何も言われなかったけど。
白鳥あかねさん

神代監督はロマンポルノ以前から関係があった。
あまり知られていないが、神代は『渡り鳥シリーズ』の助監督だった。
その斎藤武市監督は小津安二郎の弟子だった。
神代監督はチーフ助監督として松竹から引き抜かれてきた。島崎雪子と結婚する人だよ、と撮影所で言われいた。
斎藤組のチーフ助監督だった。
『渡り鳥シリーズ』はフィルム・コミッションの走りで、土地土地と契約し撮っていたが、神代はチーフだったので、先発隊としてロケ地に行っていた。
それから後で、スタッフみんながロケ地に行くと、「神ちゃーん」という声がかかり、神代監督を見ると機嫌が悪くなっていた。
先発隊として現場に行っている間に、土地の女性と仲良くなっていて、その女性から「神ちゃん」と声をかけられたのだ。
それも監督の方からということではなく、女性の方から好かれていたようだった、と。
助監督時代は、人が良くニコニコしていて、スタッフに人望があって、監督としてそんな才能があるとは気付かなかった。
蔵原惟繕とは松竹の同期だったが、神代は日活に移るのが一年遅れたために、蔵原はスター監督に、神代は監督になるのに7年かかってしまった。内出好吉監督に「俺を置いていくのか」と云われ、松竹にとどまってしまった。
日活では今村、鈴木清順とともに助監督リストのトップに神代の名前があった。

『かぶりつき人生』、主演の殿岡ハツ江とは事実上結婚していた、『一条さゆり 濡れた欲情』、そして『濡れた欲情 特出し21人』とストリップの映画が続いたが、神代自身ストリップが好きなのではないかと思う。
神代が亡くなったあと、郷里の佐賀に行き、佐賀中学の神代の幼なじみに会った。中学生時代、女学校の運動場の金網からブルマ姿の女学生をみんなで覗いていたとき、当時の神代は「君たち、女性を見るときは全体を見るものだよ」と言った、という話をきいた。
神代はまた「女性にはかなわない」と言っていた。ロマンポルノは女性が被害者的に描かれたものが多いが、神代作品は違う。
「たかが映画、されど映画」とも言っていた。卑下ではなく、世間では軽く見られているかもしれないけれども、映画は映画である、という意味で、と。
また「映画はヒエラレルキー」だとも。『悶絶!!どんでん返し』などの逆転する、という意味で、と。

以上でトークショーが終了。
白鳥あかねさんのインタビューが載っている機関紙「フィルム・ネットワーク」にサインしていただきました。

最後に長谷部安春監督の『(秘)ハネムーン 暴行列車』を鑑賞。
何だかのどかな作品。
「SOS」などピンクレディーの歌が流れておりました。

テーマ:日本映画 - ジャンル:映画
就業後、新文芸坐にて『黒い画集』2作を鑑賞。

まず鈴木英夫監督の『黒い画集 寒流』。
昨年の池部良特集で観て、傑作だと思った作品。
やはり素晴しい。観ていてため息が出るような、鳥肌が立つようなショットの連続(カメラは逢沢譲)。
中でも新珠三千代のマンションで別れ話をする場面が特に凄い。池部良と新珠三千代が一つのシネスコ画面に収まっているときの画面構成、ピントの合い具合、光の加減、カット割り、とすべてが素晴しすぎる。
池部良が湯河原の旅館の廊下に立っているショットも見事だったし、もうどれもこれも凄すぎる。
再見できて良かった。
それから、池部良のコート、生地も仕立てもいいものを着ているなぁと思いました。

次に『黒い画集 ある遭難』。
石井輝男が脚本を書いているので長い間観たかった作品。
山で撮影している場面はカメラが素晴しく感心して観ていたのですが、山から下りて銀行や室内やレストランなどで撮った場面は終始ピントがズレっぱなしで、観ていてとにかくストレスフル。
こんなにピンボケの映画観たのは小林悟監督の『黒幕』以来。いや『黒幕』よりずっとひどい。
山のシーンでのカメラがいいだけに落差が気になりました。
この作品、時系列がかわっていて、現在→過去→大過去→過去→大過去→過去→現在(本題)と進んでおりました。
香川京子&児玉清の姉弟の従兄弟・土屋嘉男は顔も身体も声も竹中直人にソックリ。
児玉清だけオーバーアクションで異質な演技を繰広げるのには苦笑い。結構ヒドイね。
そして衝撃(?)のラスト。エー?!こんなんでいいのですか?

それにしても黒い画集シリーズ、後味悪すぎ。それが黒い画集なんでしょうけど。

テーマ:日本映画 - ジャンル:映画
ラピュタで5本鑑賞。

モーニングで中平康監督の『学生野郎と娘たち』。
最初から最後まで俳優たちの軽妙な台詞回しと、キレのいい身体の動きに魅了されっぱなし。
カッティングもスピーディ。
この時代の中平康は本当に素晴しい!
俳優たちのなかでも、中原早苗の身体の動きがとりわけ見事。こんなに魅力的な女優だったのかと唸りました。

曽根中生監督の『色情姉妹』。
社会の底辺に生きる3姉妹のお話。
浦安が舞台ですけれども、浦安市民の方はご覧にならない方がいいかもです。

小原宏裕監督の『実録おんな鑑別所 性地獄』。
ダウンタウン・ブギウギ・バンドの音楽がピッタリで、ロック感あふれる作品。
現実的な芹明香と高橋明のカップルが痛快。今さながら高橋明の声の良さにウットリ。
観ていて楽しかった。

小沼勝監督の『ラブハンター 熱い肌』。
田中真理&織田俊彦夫婦の邸宅の内装がゴヤ風というかゴシック風で独特の雰囲気を放っておりました。
温室で織田俊彦が裸の田中真理に乱暴するカット、いやらしくて驚きました。田中真理の乳房が温室のガラスにバーンと打ち付けられ、まぁ、エロい。
最後、田中真理が束縛から解放され旅立つというのは、『昼下りの情事 古都曼陀羅』と同じでしたね。

そして『OL日記 濡れた札束』。
本日は加藤彰監督がご来場です。
まずは、作品の上映。ニュープリントです。
音楽は樋口康雄で、『エロスは甘き香り』と『(秘)色情めす市場』で使われた音楽が流れておりました(『エロスの甘き香り』が時代的には一番古い)。
中島葵、絵沢萠子の行かず後家姉妹の家というのは迫力あります(絵沢萠子の顔が沢口靖子に見えた)。
中年女性を演じた中島葵、調べると当時まだ29歳なんですが、疲れきった彼女の顔は40歳はとうに超えているように見えます。
年下男にいいようにされて横領に手を染めていく様は観ていて痛々しい。
中島葵の入魂の演技を堪能。
最後、逮捕され、取調べ中、高橋明演じる刑事と丼を黙々と食べるカットが良いなぁ。
樋口康雄の音楽は2次使用、3次使用なわけですけれども、この作品のために書き下ろしたように映画によく合っておりました。

そして加藤彰監督のトークショー。
聞き手は高崎俊夫さん。
場内、『OL日記 濡れた札束』を撮影された荻原憲治カメラマン、そして白鳥あかねさんもご来場されてました。
加藤彰監督、物静かにお話される方です。
加藤彰監督

『OL日記 濡れた札束』は30年以上前の作品で、よく憶えてない。
台本を見直してみても自分が撮ったもの違う。今回改めて観て、改めて台本と違うと思った。
モデルになった九億円横領事件は当時大変な事件で、ショッキングだった。
相手のタクシー運転手や「オニイチャン」と呼ばれる人物の存在などは当時新聞で読んでいた。映画化は事件直後、皆の記憶に新しい頃だった。
劇中、三島事件なども戦後の軌跡を入れたのは、台本にはなく加藤監督のアイディア。
戦中派はどうなっていったのかということを描きたかった。

決して美人ではない中島葵の存在感がよく出ていた。彼女のよさ、人間そのものが作品に表れていた。いい女優だった。
中島葵以外の登場人物は、殆ど素人みたいな人で、下宿のお婆さんもそうだし「オニイチャン」役は日活の大部屋俳優。それでドキュメンタリーみたいなものを撮ろうと狙っていた。
中島葵はその前に武田一成の作品に出演していて、『OL日記 濡れた札束』への出演は製作の伊地智啓が決めた。
加藤彰監督

加藤彰監督はもともと小説家志望だったのだが、小石川高校の2年だった時に、担任の小島信夫が芥川賞を受賞した。小説家とは、 こんなにもユニークな人なのかと思い小説家を目指すのを止めた。日大芸術学部の後輩には小沼勝監督や蔵原惟二監督がいた。
日活に入社し、中平康監督に一番多く、12〜13本付いた。『恋狂い』は脚本を書いた中平監督の『砂の上の植物群』の延長だと。
蔵原惟繕監督には2〜3本付いた。
日活がロマンポルノに転換するとき、藤田敏八など他の監督が断ったので、自分が撮ることになった。
自分はアクションを撮れない監督。これを撮らないと映画を撮れないと思い、流れに乗ってやっちゃったという感じ、と。

そして質疑応答。
「通常ロマンポルノ作品は3人ぐらいの女優が出演しますが、『OL日記 濡れた札束』は中島葵一人が出ずっぱりでしたが、企画として大丈夫でしたか?」との質問に対し、監督、事件が特殊でタイムリーだったので、大丈夫だった、と。
京都・山科の女三人家族でああいう事件が起こったということ、それだけを撮り続けるだけでよかった、他の登場人物を入れてバラエティをとる必要はなかった、中島葵の存在感ですね、と。
中島葵に対しては特別役作りの指示は与えなかった。ちょっとしたヒントは出したけれども、とりわけ役についてのプランは与えなかった、と。

次に中平康監督についての質問。中平監督は晩年アルコールに浸っていたが、加藤監督が付いた頃はどうだったか?
加藤監督は中平監督の中期、『泥だらけの純情』の頃に付いたが、既に酒を飲んでいて荒れていた。
自分はまともな中平康を知らない。
中平作品は今見ても古くならない。素質がある人だったのだろう、頭の回転の速い人という印象、と。
『猟人日記』ではサードだったので、内容にかかわってない。
後年、西村昭五郎監督に「おまえが中平康を堕落させた」と言われた(笑)。
中平康は初期に傑作が多いが、アルコールに浸っていた頃の『月曜日のユカ』『砂の上の植物群』はそんなに堕落してない。その『猟人日記』もしっかりしている。
中平康監督からの影響は?と訊かれ、加藤監督、他人から見ると似ているんだと思う。比較すると自分は都会的ではないけれど、と。
後から考えると、女性を描く映画は自分に合っていた分野だと思う。
当時は何とか750万円で映画にしたい、自分のイデオロギーを入れるということよりも、お金がかかっていなくてもかかっている作品に見せたい、そういう意気込みで撮った。
『OL日記 濡れた札束』にご真影が出てくることについて、国民学校に入って戦争が始まった、それを反映させたいと思った、と。
中島葵演じる主人公が世の高度経済成長と反する存在ですね、という高崎さんの問いかけについて、当時の映画業界は高度経済成長と逆に下がっていくばかりだった、と。
今の映画界の繁栄を羨ましく思う、と。
加藤彰監督

日活についての話になり、74年頃の日活について、物凄い熱気だったと。
皆若く、ワンステージで3、4組が同時に撮っていた。競い合いみたいな熱気があった。
ライバルは神代辰巳で、藤田敏八は兄のような存在だった。
藤田敏八とは2年間、同じアパートの1階2階に住んでていたこともあった。
藤田敏八も山田信夫も67歳で亡くなった。だから、自分は余生を生きているような気がする。
同期は伊地智啓、村川透、白井伸明。

ロマンポルノについて、当時はある程度注目されたけど、今見るとAVと同じように見えるのではないかと思う、と。
(絶対にそんなことありません!)
加藤監督、西村昭五郎監督が映画芸術に執筆した文章のタイトルをあげ、ロマンポルノ転換期の悲壮感、覚悟、ショックだった心境を説明されてました。差別の中に入っていく覚悟だったと。

そしてトークショー終了。場内拍手。
加藤彰監督に『OL日記 濡れた札束』のDVDにサインしていただきました。

ワタクシ、トークショーの最後の部分、ロマンポルノへの転換についてのお話を聞いて、胸が痛く辛くなりました…。
映画監督には色々なタイプがいますよね。ロマンポルノの監督でも自分は芸術家だと自負しているタイプも多いと思うのですが、加藤彰監督はまったく逆なタイプで本当に謙虚で(大監督に対して謙虚という形容詞はおかしいかもしれませんけど)、真摯でもの静かな語り口の方で、極めて客観的にご自身の作品について、また当時のご自身状況について、お話されている印象を受けました。
映画ファン、ロマンポルノ・ファンの一人として、加藤彰監督に、素晴しい作品を撮られたことへの感謝の念をお伝えしたい、そんな気持ちにかられたトークショーでした。

テーマ:日本映画 - ジャンル:映画