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『ドッグ・バイト・ドッグ』

新宿武蔵野館のレイトショーで『ドッグ・バイト・ドッグ』を鑑賞。
(上映前の予告編でマイケル・ムーアの『シッコ』の後に『大統領暗殺』が流れたのには笑ったよ)
原題名『狗咬狗』。映画の内容は題名そのまんま。
これは相当な、かなりの問題作だと思いました。
こういうタイプの香港映画、初めて観ました。
香港が舞台でロケ撮影なんだけれども、一部のシーンをのぞいて、どこで撮影しているのかさっぱりわからない。香港映画の特徴とも言える街が持つ生活感に満ちた猥雑さ、混沌した感じが漂うことはなく、ゴミ埋立地とか建築の取り壊し現場などでのシーンが多いので無国籍感が強い。SF作品によくある未来都市のイメージ。
殺人マシーンのエディソン・チャンと狂犬刑事サム・リーがガチンコで戦う時に二人の身体の動きがまるで格闘ゲームなのには笑いました。
意外にも脚本が上手いと思わせる部分が結構あって、例えばサム・リーの父親の話を絡めるところとか、上司の警部の心の動きとか。
そして舞台がカンボジアに移ってから驚くような展開をするのです。
こんなドライな香港映画観たのは『省港旗兵・九龍の獅子 クーロンズ・ソルジャー』以来。何しろ冒頭、レストランで女性(おばさん)を暗殺するところから始まるんですからね。容赦ないです。
でもこの映画の中でワタシが一番ドキドキしたのは、カンボジア人で中国語がわからない設定のエディソン・チャンが暗殺のために入った中華レストランで、食べたい料理に自分でペンで印を付けるタイプのメニューを渡され、書き込んだ後、そのメニューが映るところ。
いったいどの料理にマルを付けたんだろう?!と手に汗にぎってしまいました。
メニューが映った瞬間、噴出しつつ、やっぱそうだよなーと納得。

この映画、今週金曜日までの上映ですが、その後語り草になるタイプの作品だと思いました。
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テーマ:香港映画 - ジャンル:映画

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金沢映画祭に行きます

ここ最近、猛暑でカラダがグッタリしているのに、仕事が多忙で帰宅即バタンキューです。
劇場通いもままならず、読みたい本も読めず、不調な日々ですが、来月カナザワ映画祭に行くことにいたしました。
JALのマイレージの特典航空券を利用して、会社の契約保養施設を利用しての超安上がりな旅です。
鈴木則文監督の『堕靡泥の星 美少女狩り』(有志のカンパによるニュープリントです)は必見として、あと何を観ようかな?
とりあえず、3回券とオールナイト券を買いました。
オールナイト観るから、その日の夜はホテル取らなくてもいいかなと思ったけど、帰るところがないのはミジメなので思い直してその日も予約。
つい最近まで、吉祥寺より西に行ったことがなかったワタシとしては金沢に行くとは大冒険です。
観光と映画、どちらを優先するかが難しいところ。
それからオールナイト上映に行くのは2003年以来なので(老化により自粛)、寝ずにちゃんと観られるかが心配。

それから、最近『デスパレートな妻たち』をDVDで見始めました。
英語の勉強のためです。ワタシ、毎日英語でビジネス会話をする仕事をしているにもかかわらず、実はほとんど英語がわかりません。
会話はしているけれど、相手の言っていることを殆ど理解してません。
このヤバイ状況を打破するべく『デスパレートな妻たち』を楽しんでます。
このドラマ、英語の発音が明瞭でとても聞きやすい。
映画だと発音が明瞭でないし、作品として色々なことが気になって英語に集中できないんですよね。

以上、近況報告でした。

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08 : 10 : 59 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(4) pagetop

マイケル・チミノ 『天国の門』

シネマヴェーラでマイケル・チミノ監督のあの『天国の門』を観て来ました。
今回149分バージョンでの上映であることはチラシに書いてありましたが、オリジナルのシネマスコープでの上映ではなく、トリミングされたスタンダード・サイズでの上映でした・・・。
149分ヴァージョンでもフィルムが2巻に分かれているとのことで、途中フィルムをかけ替えるのに数分の休止を挟んでの上映。
なぜこの作品が世紀の大コケしたのか考えつつ鑑賞。
149分バージョンでも長い。作家的にはどれも必然のシーンなのでしょうが、興行的には何でこんなところ延々撮るんだ?と思うところばかり。
他の監督なら100分ぐらいに収めるのではないかと思う。
ジョンソン郡戦争が始まるまでの前置き部分で映画の半分を使ってしまっているのです。
全体的にかなり妙で、冒頭大学の卒業式が延々続くのは佳き時代を表現したかったのだろうと納得できても、娼婦かつ売春宿の女主人が男二人を愛するというストーリーをなぜ入れたのが理解不能だし、この女主人の心情も理解不能。
(ところで、先日観たロバート・アルトマンの『ギャンブラー』でもジュリー・クリスティー演じる娼家の女主人は自らも客と寝る娼婦でした。こういうの、この時代の娼家のビジネスモデルなのでしょうか?)
そして何より謎なのは、ラストのまとめ方。
『ギャンブラー』は、ある流れ者の男のはかない人生を描いた物語でしたが、『天国の門』ときたら結局、老齢にさしかかり悠々自適な生活を送る東部エスタブリッシュの名家出身で金持ちの主人公が、若い時分に西部のド田舎で相当刺激的な体験したなぁ、イイ女ともイイ事したなぁ、などと思い出に浸るという映画になっており、あのラストは顰蹙ものです。
かといって、この作品は駄作とかつまらないもとか、そんなことは全然なく(ただ相当妙なだけ)、観ていてオオっと思うショットがとにかく満載で、ワルツのシーンもすごいし、大自然がバックのショットもどれもこれもすごいです。
撮影はヴィルモス・ジグモンドで、もう『ギャンブラー』とトーンがそっくり。
『ギャンブラー』は、ネガ現像前にフィルムを露光させる「フラッシング」という手法を使ったとアルトマンは話していますが、これもそうなのでしょうか。驚くほど似てます。
素晴しいショットを観るためだけでも十分この作品を観に行く価値があり、だからこそ今回の上映がシネスコではなくトリミングされていることにガッカリし、「ああ、これがシネスコだったら」と思いながら最初から最後まで観てしまいました。

今回、面白く鑑賞しましたが、これが219分の完全版だったら、観終わった後不機嫌になったかもしれません。そう思いました。
それから、エンドロールの中にオックスフォード大学の名前がありました。冒頭のハーバード大学の場面は、イギリスのオックスフォード大学での撮影だったようです。
あと、村民皆殺しを指示する西部の大規模牧場主集団、ジョージ・ブッシュの先祖みたいでした。

英語版ウィキペディアの「ジョンソン郡戦争」のページに本物のエイブリルとエラ、ガンマンを率いたカントンの写真が載っております(実在の人物とは思わなかった)。
http://en.wikipedia.org/wiki/Johnson_County_War

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18 : 01 : 07 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) pagetop

『アニー・ホール』

就業後シネマヴェーラに『お熱いのがお好き』を観に行こうと張り切っていたら、帰り際に突然プレゼン用の資料をつくらなきゃいけなくなり、結局観に行けかった。ワーン、スクリーンで『お熱いのがお好き』観たかったよぉ。
で、ラスト1本の『アニー・ホール』を観に行きました。
これもスクリーンで観るのは初めて。
劇場の行列でフェリーニの話聞こえるところ、最高。
シェリー・デュバルとポール・サイモンが出てくるけど、この二人は付き合っていたって先日読んだアルトマンの本に書いてありました。
十代の時にウッディ・アレン見ても、病的でちっとも面白く感じなかったけれども、今は自分が病的なのでどこもツボにはまっておかしい。
ニューヨークの人って、30年前も今もあんな感じなんだなぁとか思いつつ鑑賞。楽しかった。

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神代辰巳『宵待草』

フィルムセンターで神代辰巳『宵待草』を鑑賞。
後半、高岡健二・夏八木勲・高橋洋子の3人がでんぐり返ししたりして戯れる様は『恋人たちは濡れた』のようでもあり、主人公がいつも歌っているのは『青春の蹉跌』でのショーケンのエンヤトットのよう。
主人公の結末等これら3作品は共通するところが多く兄弟のような関係だと思いました。
(脚本は『青春の蹉跌』と同じ長谷川和彦)
時代設定は大正だけれど、若者の動きは70年代そのもの(古い建築をつかって撮影しているけれども、俳優のヘア・メイクは70年代のまま)。
雑誌『アンアン』から出てきたような高橋洋子の話し方が特に当時の若者風。
このニュー・シネマ風の作品、始まってすぐ好みじゃないと思ったけれど、それはなぜだろう。
山、海と雄大な自然をバックに映画は繰広げられていて(気球に乗って移動まである)、70年代初頭のニコンの立派なカタログを見ているような感じ(撮影・姫田真左久)。
音楽は細野晴臣。終始俳優達が唄を歌っているんだけれども、なんだかうるさく感じた。
この時代の映画にありがちな浮遊感を描いた作品なんだけれども、この作品での浮遊感は苦手だなぁ。時代設定が大正であるにもかかわらず、全然大正じゃないコスプレ劇だから?
なぜだろう…。

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『ラザロ-蒼ざめたる馬』篇 『ラザロ-複製の廃墟』篇

連日の猛暑に恐れをなしてこの数日劇場通いを控えてましたが、今日は幾分涼しくなったので、渋谷のUPLINKへ行き『ラザロ-蒼ざめたる馬』篇 『ラザロ-複製の廃墟』篇(Bプロ)を鑑賞。
ポレポレ東中野で観た『朝日のあたる家』篇(Aプロ)はあまりの後味の悪さに見終わった後ドンヨリとしてしまい、Bプロを観てまた暗い気分になったらヤだなと思ったのですが、それは杞憂で、今日はエンターテイメント作品として純粋に楽しんで観ることができました。
主人公マユミが殺人者や経済テロリストとして活躍(?)するのをみて、『朝日のあたる家』篇を観て頭に残っていたイヤな観後感をも取り除けたし。
『複製の廃墟』篇の若手刑事・相沢役の俳優(原田泰造に似ている)のセリフ棒読みに驚き、マユミの共犯者・ナツエを演じた女優の迫力ある演技に感心したり、相沢の自宅本棚にどんな本が並んでいるのか気になったり(ポケット小六法とか、有斐閣の本らしき法学部の学生みたいな本が並んでいて、若手刑事の本棚として結構リアルな感じ)。
『複製の廃墟』篇は「ラザロ マユミ葛藤篇」といったところで、俳優の演技に難点があっても3作の中でこれが一番面白かったかな。楽しめた順としては、『複製の廃墟』篇→『蒼ざめたる馬』篇→『朝日のあたる家』篇(作品の出来の順番ではないよ)。

映画の後、ブックファーストに行き、平積みの中から肉にまつわる本2冊購入。
内澤旬子「世界屠畜紀行」と岡田斗司夫「いつまでもデブと思うなよ」。
「いつまでもデブと思うなよ」を買ってしまった自分に笑ってしまいました。フフ。
「世界屠畜紀行」、今年の2月10日が第1刷で、7月30日には第8刷。すごいね。イラストが魅力的な本です。
世界屠畜紀行 世界屠畜紀行
内澤 旬子 (2007/01)
解放出版社

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ところで、BK1に発売前から「田中登の世界」を予約注文しているにもかかわらず、いまだに送られてきません。
待ちくたびれました。今後はBK1に新刊本の予約はしないこととします(怒)。

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蔵原惟繕『愛と死の記録』

先日シネマアートンで『黒い太陽』を観て、蔵原惟繕監督の作品を出来るだけ観ていきたくなりました。
今日は終戦記念日。NHK BSで『愛と死の記録』(1966年)が放送されました。
二十歳のレコード店の店員・和江(吉永小百合。当時としては情熱的で積極的な性格の女の子の役柄)が被爆者である印刷工・幸雄(渡哲也。この頃の渡哲也、渡瀬恒彦によく似ている)と恋に落ち、周りの反対を押し切って余命僅かな幸雄を見取り、後を追い自死する物語。
この哀しいお話を、終始カメラ(撮影・姫田真佐久)は退いた状態で人物を映します。
吉永小百合と渡哲也がロングで映し出されるとき、常に街や風景がいっしょに映っています。
二人が出会い愛を確かめ合う時は蒸気を吐いてやってくる汽車が映り、渡哲也が吉永小百合に被爆者であることを告白するシーンでは、有名な峠三吉の原爆詩集「ちちをかえせ ははをかえせ~」が刻まれた石碑が横に映っています。
普段はそういうものをいっしょに映すのは作為的で野暮に感じるのですが、全然そう感じさせません。原爆病院の屋上で風にはためく洗濯物の奥に吉永小百合が渡哲也に愛を語るが見えるというところも美しかった。
白黒の画面に映る若い悲恋の二人といっしょに映る自然や広島の街などの背景の組み合わせが限りなく美しく感動的で、こういうストーリーの映画が陥りがちな涙を無理強いすることなく、心を揺さぶるのです。
最初から最後まで画面に映るすべてが完璧で美しかった。それも嫌味な感じではなく。

音楽は黛敏郎で、レコード店でふざけるシーンで『月曜日のユカ』のテーマ曲が流れます。
それとチャイコフスキーの「悲愴」が印象的に使われていて、二人が始めてデートする時から悲劇的な運命を暗示させ、映画は「悲愴」で終ります。

『愛と死の記録』の後に、吉永小百合が長年続けている原爆詩の朗読の運動を追ったドキュメンタリー番組が放映され、改めて現在の吉永小百合の美しさに驚きました。
彼女が原爆について向き合うきっかけになったのが『愛と死の記録』だそうで、実際の原爆病院の医師や看護婦が映画にそのまま出演したそうで撮影時ドキュメンタリーのように感じたと話していました。

難病ものとか悲恋ものの作品だとつい先入観から避けてしまうことがあるのですが、『愛と死の記録』、純粋に美しい作品として見てもらいたいと思いました。

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鈴木英夫『不滅の熱球』

NHK BSで鈴木英夫監督の『不滅の熱球』(1955年)を見ました。
戦前の巨人の名投手・沢村栄治の生涯を描いた作品です。
池部良が沢村栄治、笠智衆が巨人軍監督(いつもの笠智衆そのまま)、藤原釜足が合宿所の料理係、司葉子(映画出演2作目。まだ演技下手)が沢村栄治の恋人→嫁として出演しております。
聖人君子みたいな沢村栄治が楽しい仲間と野球して、障害を乗り越え美人の恋人と結婚して名選手になる気楽な娯楽映画かと思って見ていたら、池部良と司葉子が浅草でデートしているところに満州事変の号外が配られ、突然雲行きが変わります。
最初の出征を終え帰国し巨人軍に戻り、結婚もし、戦地で負った傷を克服し苦難の末復活しようとしたところで、2度目の召集。
この召集礼状を持ってきた電報配達人が死神のよう。
そして召集礼状を受け取り、妊娠した妻が2度目の召集を知るところの緊迫感が凄い。
部屋で夫婦がオイオイ泣き、「沢村栄治」と書かれた玄関の表札に土砂降りの雨が降るカットに切り替わる、というのが上手い。
立派な反戦映画でした。
(ウィキペディアによると、映画とは異なり実際には沢村栄治は3回出征していて、最後の出征前に巨人から解雇され引退していたとのこと)。

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『網走番外地 望郷篇』

フィルムセンターに上映1時間前に行ったのですが、ロビーの椅子に座れたのはワタシが最後でした。特にめずらしい作品の上映でもないのに、いったいみんな(といっても平均年齢75歳)、どれだけ早く来るのよ?
フィルムセンターの行列ができる時間はどんどん早くなっている気がいたします。

今日観たのは『網走番外地 望郷篇』。
数年前、中野武蔵野ホールかどこかで、状態の悪いフィルムで観たのが最後で、長崎旅行を検討しているので観光の参考になればと再見したのですが、改めて観て素晴しいな、と。
石井輝男の膨大な作品の中でワタシが一番好きなのは、『ならず者』でして、この作品が好きな理由は色々あるのですが、マカオでの高倉健と杉浦直樹の対決の場面は見る度に痺れます。
で、この『網走番外地 望郷篇』での高倉健vs.杉浦直樹もカックイー!
二人が一緒に出てくる場面は2回。
最初は港湾で仕事をめぐって組が争っているところに、「七つの子」を口笛で吹きながら杉浦直樹登場。
杉浦直樹の役どころは高倉健の敵の組に雇われた「人斬り譲次」で、真っ白いスーツを着ていて、胸を病んでおります。
ここでのカメラがとんでもない状態で、高倉健と杉浦直樹ががっぷりよつに対峙しているというのに、下から思いっきり煽った状態で二人を映し続け、顔の後ろには南国の真っ青な空が広がっている何とも奇妙なショット。
二人が互いに認めてその場を離れるまで、異常とも思える煽りのショットがずっと続きます。
俳優達は皆ちゃんとロケ地にいるのに何故にそんな映し方を選んだのか謎ですが、これがまた格好良いのでよし。
2回目は、高倉健が堪忍袋の緒が切れ、敵の組に殴り込み、最後に残った杉浦直樹が高倉健と対決。
この二人、背格好が似ていて、健さんは和風な顔立ちで日焼けしていて昔ながらのヤクザスタイルの白いシャツを着ているのに対し(「石井輝男映画魂」の表紙写真に近い)、杉浦直樹は肌は青白く彫りの深い顔立ちにサングラスをかけ白いスーツをパリっと着こなしていて、喀血した血がスーツに付いている。そして、シネスコ画面の左右両端に二人が立ち一対一で真剣勝負するロング・ショットの素晴しさったら。
そして杉浦直樹の立ち去るところの格好良さったら!
(子供の頃は育毛剤「紫電改」のCMのオジサンという印象だったのですが)
こういうのを観ると映画っていいなぁと思います。
波止場で手負いの健さんが船を見送るラストも、『ならず者』に並ぶ哀愁に満ちた美しい感動的なショット。

ああ、モウレツに長崎に行きたくなりました。

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ロバート・アルトマン『ロング・グッドバイ』

PFFの最終日は最後にふさわしい題名のロバート・アルトマン『ロング・グッドバイ』。
ロサンゼルスを舞台とした濃密な70年代の耽美的世界に深く激しく魅了されました。
特に、エリオット・グールドが自宅で夜中靴を履いたまま寝ていると、飼い猫がグールドの上を飛び跳ねるところから(この猫、大熱演)、旧友テリー・レノックスをティファナまで送るところまでの美しさったら!
主題歌「The Long Goodbye」が次々と色々なアレンジで演奏されるのが印象的で、メキシコの葬儀の音楽までが「The Long Goodbye」。
エリオット・グールドがマッチに火を点けるのがカッコよくて、マッチの箱で擦るのではなくて、バーのカウンターやメキシコの地面まで至る所でマッチを擦るのです。
グールドが住むアールヌーヴォーなペントハウスがまたムーディで、洒落たエレベーターを上がり、ロウソクが置いてある有機的なデザインの廊下を渡り部屋に入るようになっていて、向かいの部屋には一日中素っ裸の女の子の集団がダンスの練習をしていたりする。
グールドは覚えのないことでギャングのマーティに脅されるのですが、そのマーティのキャラクター描写が強烈で、突然恋人を○○で××したり(この時の手下達の慌てふためいた顔を捉えるのがうまい)、グールドがマーティの事務所を尋ねると、いきなりマーティが全員裸になれと言い出し、全員裸になったかと思えば、次にはゾロゾロを皆裸で部屋を出て行くところなど、とてもおかしい。
グールドが夜の街で、依頼人のウェイド夫人が車で走ってどこかへ行くのを見つけ追いかけるのですが、その時のL.A.の風景ったら何ともゴージャスかつけだるく70年代の雰囲気にあふれていてすっかり魅了されたり、グールドが車と同じ速さで走り続けるのを見て、松田優作のあの走りの原型はここにあったのかと発見できたり。
ワタシは原作を読んだことがないので、どういう結末なのか知らずに観ていたのですが、最後この映画は『第三の男』だったということがわかります。
ちゃんとアリダ・ヴァリとすれ違う有名なラストも再現されています。
あの並木道をグールドがダンスをしながら歩き、終了。
70年代虚無的ダンディズムを堪能いたしました。
映画が終わり劇場を出ると、そこは湿度の高い猛暑の渋谷で、現実に引き戻されそうになるのだけれど、映画の世界に浸っていたいワタシは頭の中で「The Long Goodbye」の自分なりのピアノでのアレンジで考えながら帰路についたのでした。

『ロング・グッドバイ』はシネマヴェーラでの「ユナイテッド・アーティスツの栄光」で9月に再度上映されますが、ワタシはまた観に行きます。
『マンハッタン』との2本立てですよ!
一気に70年代のNYとLAの風景を鑑賞できるとは何て素晴しいんでしょう。必見です。

↓は予告編。

↓は冒頭の10分。映画をまだ観てない人は見ちゃダメ。

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ユリイカ臨時増刊「総特集 監督川島雄三」その2

前回からだいぶん間が開いてしまいましたが、ユリイカ臨時増刊「総特集 監督川島雄三」の紹介その2です。
(その1はこちら
今回取り上げるのは、「中央公論」昭和38年7月号から掲載された「川島雄三と喜劇」という鼎談。出席者は川島雄三、岩崎昶、草壁久四郎。
川島は昭和38年6月11日に急逝しているので、この鼎談は死の直前に行われたようで、話は遺作の『イチかバチか』について始まり(川島は『イチかバチか』公開の5日前に亡くなった)、次回作のはずであった『江分利満氏の優雅な生活』について熱く展望を語っているのが印象的です。
また多くの観客が感じている作品によって出来に大きくムラがあるという指摘を草壁久四郎が川島に臆することなく何度も尋ねているのに驚かされます(しかも草壁は川島より2歳年下)。


草壁:こんどの「イチかバチか」で、川島作品はちょうど五十本目ですね。映画界に入ったのは昭和十九年で、途中-兵隊は即帰郷でしたが、二十年の敗戦のどさくさ、それと二十一、二年がブランクで、十六年間に五十本というわけですね。
岩崎:あなたと同期くらいの人は、出ていないですね。
川島:助監督なんかずいぶん優秀な人がいたけれども、戦争でやめちゃったり、戦争が終ると巨匠連中が帰ってきたでしょう、新人がなかなかでられなかったんです。
(略)
岩崎:松竹という、ああいう伝統的というか古い封建的な社風の中で、監督としての形成をはじめたということも、関係があるんじゃありませんか。
草壁:松竹ではずいぶん抵抗していたような感じがありましたね。干された時代もふくめて。そういうことがけっきょく松竹を出るという結果になったんでしょうけれども。
川島:松竹をやめたいと言ったとき、残れと言われたんです。しかしこのままやっていくと、僕はだいたいが依存心が強いほうでもあるし、松竹調の殻も破れない。将来望ましい監督になるかもしれないが、自分自身としてはあきたらないということから出たわけです。出てみると、なかなかそうもいかないということがわかったんですけど。
草壁:日活の第一作が「愛のお荷物」。いきなりあれを作れたということは、日活に入った甲斐があった。監督になって十二年目にはじめて、作りたいものを作ったのじゃありませんか。川島雄三監督を見直しましたよ。
川島:しかしあとで考えると、やっぱり松竹カラーの悪い面が出てますね。払拭しきれなかった。
(略)
川島:(略)一年に一本くらいは、自分の線にあったものをやりたいと思っています。
草壁:あなたの線そのものがずばり出た写真とそうでないものとの落差が、非常に激しいわけですよ。
川島:作っているときは、そう落して撮っているつもりはないんですが、最初の心構えというか、そういったものが影響するようです。
(略)
川島:会社から与えられた場合、こういうものでもやってやれないことはない、なんとかこなせるというような、どうもいけないところがあるんですよ。
(略)
草壁:川島さんは喜劇をたくさん撮っていますね。出だしの頃からそういうものを狙っていられたのですか。
川島:不思議なことに、そういうものを最初にやっちゃうと、それがつきまとうんですね。僕は活劇時代にそんなに喜劇を見ていないんです。だからそういう脚本がまわってきたときにたいへん弱りました。前に見ていれば、少しは真似してやれたのにと思ってね…。(笑)自分でなにもかも、考えなければならないでしょう。そういう苦しかった記憶がありますけども。
(略)
川島:チャップリン映画なんか見ておけばよかったと思います。
岩崎:「愛のお荷物」にしろ、「幕末太陽伝」にしろ、ドタバタじゃなく、かなり観念的な喜劇ですね。日本でそういう映画を作るのは珍しいですよ。フランスのルネ・クレールとかキャプラの喜劇に通じるものですね。
川島:ルネ・クレールの「巴里祭」は、コンテで見たんです。
岩崎:(略)「幕末太陽伝」で、フランキー堺と裕次郎の二人がこっちを向いて小便をする場面が出てきたり、「雁の寺」では天下の美女の若尾文子が便所に入ったり、そのあとで小坊主が汲取りをやってみたりね。(略)なにかを意味しているんですね。
川島:「貸間あり」のときにタイトルで、目汁、鼻汁をたらすということを入れてるわけなんですが、そういう観点をとらえたつもりだったけれども、どうも表面に出たドタバタ的なことしか、みなさんに理解していただけなくて。僕の表現のしかたがまずかっただろうと思っていますけれども。
 僕自身で最近少しわかりかけてきたような気がするんですが、いままでいろいろ模索していたものを喜劇のかたちでやってたんだけれども、そして冗談に「積極的逃避」なんていう言葉を使っておったんですが、それはどういうことかと自分で考えてみたら、つまり「偽善への挑戦」だったんだとわかりかけてきました。偽善というのは、自分の内部へ向かってももっときびしくなければならんと・・・。
草壁:ようやく川島路線というか、あなたの世界がはっきり出てきたという気がするんですけど。
川島:打ち出していけるような気がするんですけど。
草壁:あたた自身のそういうものを出すためには、いままでのように、三本のうち二本くらいはおつき合いというものも、やっていかなければならないんですか。
川島:いまの状態では避けがたいような感じですね。毎年東宝で俳優さんをのぞいたタレント、重役が集まっていろいろ話をする機会があるんですが、今年は森岩雄副社長が、東宝は商業ベースでやっていく、みなさんのおっしゃることはアート・シアターででもやっていただきたいと厳命されて・・・(笑)。
(略)
川島:三島由紀夫さんの「近代能楽集」というのがありますが、僕は「近代狂言集」というつもりで、「しとやかな獣」なんかも作ったのですけれど。この次にやる「江分利満氏の優雅な生活」、これも「近代狂言集」のつもりです。「優雅な生活」というのはどういうことなのかということになるんですが、これは数奇-現代における中世的なものを解明するということだと思うのです。西行という人は世俗社会を捨てて遁世するわけですね。そして方丈の草庵に住んで数寄の世界に遊ぶというふうに追い込まれてしまったわけですが、そういうものを否定して出てきた人たちが、たとえば道元であり親鸞であると思うんです。僕なんぞはとってもそこまではいけないが、数寄の世界を解明してやろうという野心をもっているわけです。数寄というのは、要するに優雅な生活ということですからね。閉鎖的な世界で、社会的連帯もなにもない。私は肯定的な面から描くというのは不得手でして、現状では否定面を描くことによって自分を出していくよりしようがないという感じなんです。
岩崎:あなたの成功した喜劇の場合、数寄の世界、優雅な生活ではなくて、非常に無礼な、ぶしつけな、卑俗な生活の人間、そういうものにとても興味をもっているように思えた。(略)それが伸びていくほうがいいんじゃないか、と僕は考えるんですが。
川島:「しとやかな獣」も、一種優雅な生活とみてるわけです。
岩崎:さっき偽善への挑戦というふうにおっしゃったけども、そういう意味からいって、逆説的な言い方をしていらっしゃる。
川島:僕ら周囲を見ていても、偽善者という面持をしているものが多すぎる。もちろん外部ばかりでなくて、自分のほうにも、もっときびしくならなければお話にならないんですけれども。
岩崎:だから、ふつうの人間に、おれは偽善者だということを納得される映画、そういうのは「しとやかな獣」なんかにはとてもあるわけですよ。それから「雁の寺」にも出ている。(略)それがいまの言い方によると、西行なかたちですっきりしちまうと、川島ファンとして心細いわけですよ。
川島:もちろん、人というのは偽善の胸懐から逃れることはできないのでありまして・・・。(笑)現代を描いていくことになると、究極的に喜劇のかたちになると思うんです。閉鎖的な世界を当分描いて、そこでどの点までいけるかということをみきわめたいと、いまのところ思ってます。
岩崎:閉鎖的な世界というのは、大きな社会とか、大きな部面じゃなしに、そこ一部をせまく切りとってということになるわけですか。
川島:はい、たとえば、現在ですと、知識人の中での連帯感の欠如ということが言われておるんですけれども、そういった面をついてみたいという気もあります。
草壁:そういう川島哲学とういうものが、上からの脅威というか、東宝路線の中でどれだけ押えられずに進んでいかれるか、僕らジャーナリストとしての興味がありますね。
川島:ほんとうに向うでは押えようとかかっているし、かかってくるでありましょうから…。(笑)「江分利満・・・」というのは、営業面からいけば、見ておもしろいんじゃないかと思いますね。
岩崎:だけども東宝というところは、やはり限度がありましてね。その限度以上はいくらおもしろくても、その線はお断りという傾向がありますね。大映や日活にはそれがないわけですよ。
川島:いかにお金がもうかっても、この線だけは外してやってもらっては困る…。それが東宝イデオロギー・・・。(笑)


その3もアップする予定ですので、気長にお待ち下さいませ。

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蔵原惟繕『黒い太陽』

シネマアートンに蔵原惟繕監督作品『黒い太陽』(1964年)を観に行きました。
この作品、ラピュタの「阿佐谷ジャズストリート2004 提携企画 OFF BEAT JAZZ」でも上映されていたし、2005年に出版された鹿島茂「甦る昭和脇役名画館」で取り上げられていて、本に合わせた翌年6月の新文芸坐の「脇役列伝」特集でも上映されていたのですが、いずれも見逃していて、尊敬する鈴木並木氏と真魚八重子氏がこの作品について言及されているのを読み、これは絶対行かねばと思い今回観に行ったわけであります。
事前にサントラCDを購入して音楽を頭に入れて行きました。
黒い太陽/狂熱の季節 黒い太陽/狂熱の季節
サントラ (2007/02/23)
ディウレコード

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やっと観た『黒い太陽』、とんでもない傑作。
映画が、川地民夫が、ジャズのimplusに衝き動かされてる!
最初から狂ったように熱いマックス・ローチによる音楽が流れ、スクリーンに現れる川地民夫は衝動だけを動力として生きているかのような動きをみせるのです。
晴海埠頭(深作欣二の『狼と豚と人間』での舞台と同じロケ地に見える)で盗品の鉄線をさらにかっぱらい、銀座でマックス・ローチのレコードを買い、喜びでジャズのリズムで飛び跳ねるように街を歩き、高級車を盗み、東京の街をドライブし、ポンコツ屋に車を売り、代わりにボロ車を譲り受け、渋谷の丘の上にある廃墟となっている教会の中の棲み家に戻る。
ここまでの川地民夫の躍動感、細かいカットつなぎ、全てがジャズそのもの。
前半、大胆な俯瞰で撮ったショットに何度か切り替わるのも印象的。
廃墟の教会内で繰広げられる川地民夫とチコ・ローランド演じる黒人兵のやりとりが全然意思疎通出来ていないのも緊張感があってちょっと悲しく滑稽でありながら面白いし、川地民夫がチコ・ローランドから機関銃を奪い立場が逆転した後、床に落ちていたチャールズ・ミンガスの「道化師」のジャケットのようにチコ・ローランドを白い道化に変身させてしまう演出も憎いし、当時の道玄坂・百軒棚らしき場所にあるジャズ喫茶が見られるのも嬉しいし(ちょうど荒木一郎の小説「ありんこアフターダーク」がこの当時の百軒棚のジャズ喫茶を舞台としている)、そして何よりマックス・ローチの激しいドラミングとアビー・リンカーンの力強い歌声(当時二人は結婚していた)。
海を見たいと言うチコ・ローランドを油まみれの汚れた東京湾に連れて行く川地民夫、
(ところで、この作品、劇中の英語の台詞に対して全く字幕が付いてなくって、よって観客は川地民夫と同じように必死にチコ・ローランドの英語の台詞を聞き取ろうと耳を傾けることとなる)
そして最後、川地民夫はチコ・ローランドに広い青い海を見せ、チコ・ローランドは黒い太陽となっていく。そこにアビー・リンカーンの獣のような絶叫が重なる。
本能のまま、突き動かされるままに衝動的に動いていく登場人物の勢いと、その原動力となっているジャズにただ圧倒される95分。

「甦る昭和脇役名画館」によると、『狂熱の季節』直後の60年末には山田信夫は既に『黒い太陽』の脚本を書き上げていてすぐに撮影に入る予定だったのが、大島渚の『日本の夜と霧』の興行的失敗で始まった日本ヌーヴェルバーグの切捨てや、反米的要素により会社から中止命令が入り、企画はいったんお蔵入りになったのだそうです。
それを蔵原惟繕が機会を捕まえては製作を訴え、ついに会社の重い腰を上げさせ、製作に入ったのだけれども、3年余りの月日で社会状況が変わっていて、脚本に加筆・改訂が必要になっていたそうです。
そして、『狂熱の季節』にはなかった「ここより他の場所」への憧憬、「いまのオレは本当のオレではない」という居場所探しの要素を入れることにしたのだそう。

ワタシが高校生の時に買って読んだ佐藤忠男の「ヌーベルバーグ以後」という本に、映画の中でモダン・ジャズをつかった最初の映画はロジェ・バディムの『大運河』(1957年。音楽はMJQ)であると書いてありましたが(世間でもそう言われてますが、本当にそうなのでしょうか?)、日本では鈴木清順の『すべてが狂ってる』(1960年)がすでにモダン・ジャズをつかっているし、翌61年には石井輝男が『セクシー地帯』でMJQみたいな軽妙なジャズをつかっていることを考えると、日本映画がモダン・ジャズを取り込んだのは早かったと思いますし(『アメリカの影』は60年)、その出来も見事だったと思うのですが、日本におけるジャズ映画史、いや世界のジャズ映画史の中で『黒い太陽』が頂点に位置していると確信いたしました。
もちろん、ジャズが流れる映画すべてを観たわけではありませんが、これ程凄い映画はそうないと思います。
(あるようでしたら、ジャズ映画ファンのワタシにお教え下さい)
映画の附属音楽としてジャズが流れるのではなく、『黒い太陽』はジャズが映画の動機であり、中心であり、結論なのです(言い換えるとジャズによって生まれ、ジャズによって動き、ジャズとして終る)。

正直なところ蔵原惟繕という人物について裕次郎や『南極物語』の人ぐらいの認識しかなく、ほとんど知りませんでした。
『黒い太陽』のような躍動感あふれる作品は『狂熱の季節』以外にあるのでしょうか?
もしあるのであれば、上映の機会を切に願います!

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『ラザロ -LAZARUS-「朝日のあたる家」篇』

就業後、ポレポレ東中野に行き楽日である『ラザロ』の整理券をとり、上映まで時間があるので中野ブロードウェイに行き、DVD狩り。
アルトマンの『バレエ・カンパニー』を1480円、小沼勝の『花芯の刺青 熟れた壷』を2880円で購入。中野に来た時はブロードウェイ→味七で味噌ラーメンと決まっていて、今日もお決まりの行動パターンを実行していたのですが、何だか「ワタシ、おっさん(もしくはオタク)みたい」とちょっと悲しくなりました。そんな独身OL金曜日の夜。

普段は目が疲れるのでビデオ撮りの映画は観に行かないのですが、映画ファンの皆さんによるブログでの感想を読んで観てみたくなり、最終日『ラザロ -LAZARUS-「朝日のあたる家」篇』を観に行きました。
上映前のトークショー、本日はいまおかしんじ(今岡信治)監督と井土紀州監督。
いまおかしんじを初めて見て、何だかキモーイと思ったのですが、しばらく観察していると飾らない性格が表れていて好感が持てました(って、オマエ何様だと言われたら反論はいたしません)。
『ラザロ』のトークショーなのに『ラザロ』の話はほとんどせず、井土紀州がいまおかしんじに、いまおかはどうやって作品をつくるのかといった質問をするだけで、いまおかしんじの話ばっかりになってしまっていて笑えました。
いまおかしんじが20歳ぐらいの時カルチャー・センターで師事した馬場当(『復讐するは我にあり』等の脚本家)に20年ぶりに再会した時のエピソードに爆笑。
ラザロ


さて『ラザロ -LAZARUS-「朝日のあたる家」篇』、
うぁあああ、イヤなものを観たぁー、というのが観終わった後の感想。
勿論、作品の出来が悪いという意味ではありません。
目にしたくないものをトコトン見せられた、という意味で、です。
最初の方、物寂しく耽美的かつ絶妙な構図のショットの連続にああ凄いなぁと心地良く観ていて、姉妹が泥だらけになりながらケンカするシーンなんかも面白いなと観ていたのですが、妹が暴走しだしてからは恐怖を感じ、姉の恋人がシャッター商店街を自転車を押して歩くところで、さらにヒーっと恐怖におののき、さらにどんどん恐ろしいシーンが・・・。
ああこれは社会派ホラーだと。
最後のシャッター商店街をカメラが1カットでずーっと移動するところだってもうホラー。
『 (秘)色情めす市場』と並ぶシャッター商店街映画ですな。
映画の中で「大店法」という言葉が出たのには、突飛な感じがして驚いた。 この作品のストーリーの中では当然の言葉なのだけれども・・・。
「美しい国」のホラー映画に、夢見がちな甘ちゃんのワタシはすっかりやられてしまいグッタリ。
今から『花芯の刺青 熟れた壷』見て、元気だします。

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相米慎二『ラブホテル』

現在、静養のため有給休暇中であります。
京橋にある南インド料理レストラン「ダバ インディア」でランチをした後、フィルムセンターへ。

今日観たのは相米慎二監督の『ラブホテル』。
平日の3時だし、ロマンポルノだからあまりお客さん来ていないだろうと予測してましたが、ところがどっこい結構混雑していて、常連のオジイサン、オバアサン達もいるし、若い人たちもいる。
いい歳の人達、いったいみんな、どうやって生計たててるの?平日の昼間にロマンポルノ観に来るなんて。
『ラブホテル』はシネマヴェーラのロマンポルノ特集ではフィルムの都合で上映中止になった作品。
ウーム。この作品かなり苦手です…。
受け入れ難く感じたのは、石井隆の閉塞感に満ちた脚本のせいか(当然出てくるのは名美と村木)、映画が撮影された85年という時代が今の時点から見ると気恥ずかしい時代のせいか(「カフェバー」なんて言葉がセリフに出てくる)。
全体的にセリフが非常に聞き取りにくい。映画を観る上で全部のセリフを聞き取る必要はないとは思いつつ、もんた&ブラザーズの大音量の歌と重なってセリフが聞こえなかったりすると、結構イライラする。
山口百恵の「夜へ」が流れるのは良かった。
それにしても石井隆による名美というキャラクターは、まったく共感できない嫌悪感しか感じさせない女で、今後「天使のはらわた」シリーズは見ないようにしようと思いました。

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 リネン

Author: リネン
♀。会社員。独身。
東京23区在住。
深煎りコーヒーが好き。
成瀬巳喜男監督作品56本を
劇場で観たのが自慢。

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